近年のAIは日進月歩で進化を遂げており、「考えるAI」と呼ばれる画期的な技術も登場してきています。AIの基盤技術の進化に伴い、社会全体としてもAIを社会実装されてきており、様々な場面でAIが活用されています。消費者向けのAI活用例としては、ChatGPTやGeminiをはじめとしたチャットボットやAI音声アシスタント、資料作成から語学学習のサポートまで、多種多様なツールがあります。しかし、企業や業界レベルでは、こうしたAIの包括的な導入に至らないケースも多々あります。その中でも部分的にAIの導入が進み、効果を発揮している分野もあります。その一例として、医療業界におけるAI活用の最前線を、具体的な事例をもとにご紹介していきます。
医療業界におけるAI活用の必要性
医療現場が抱える課題には、どのようなものがあるでしょうか。医師不足、医療費の増大、そして複雑化する病気やそれに対する治療の多様化など、課題は多岐に渡ります。特に発展途上国では、医療へのアクセスが困難であったり、医療資源が乏しかったりといったさらに深刻な問題もあります。日本の過疎地域では、医療崩壊に近い状況が既に発生しています。
こうした医療現場の抱える課題を解決する手段として、AIを活用した医療を実現することが挙げられます。これは、AIが完全に人間に代わって医療行為をするということではなく、医師不足を補い、医療アクセスや精度を向上していくことにあたります。また、AIの導入により、医療システムの効率性を高め、医療費の削減にも貢献する可能性があるのです。このような観点からも、医療業界へのAIの導入は必要不可欠な選択であると言えるでしょう。
~医療分野でのAI活用事例~
医療分野では、いくつかの場面でAIが活用事例されています。この記事では、以下の6つの分野から医療業界の最前線に迫っていきます。
1.放射線科
放射線科は、X線やCT、MRIなどの画像をもとに病気を診断する部門です。主にガンや骨折、内臓の疾患などを早期発見に貢献しています。精密な画像診断を行うことで最適な治療方針を決定するため、画像から判断する正確性が求められています。放射線医療の提供における主な障害は、訓練を受けた放射線技師とスキル開発の機会が不足していることです。この分野にAIを活用することで、放射線画像の解釈を自動化し、専門家への依存を減らすことができます。こうした技術は、放射線科医が不足している地域などで大きな効果を発揮すると考えられています。
放射線科では、医用画像の解析に特化したAI技術が導入されています。例えば、畳み込みニューラルネットワーク(CNN)は、CT、MRIの画像から病変を自動的に検出するアルゴリズムであり、従来の診断に比べて正確性を向上することができます。また、コンピュータ支援画像(CAD)は、放射線科医の診断を補助する役割を果たしています。こうした基盤技術により、画像の読み取りにかかる時間を短縮し、診断精度を向上させています。ある研究によると、AIは胸部X線画像の読影時間を約33%短縮し、肺結核の検出率を5%向上、乳がんの診断精度を9.4%向上させることができたと報告されています。
2.循環器科
循環器科は、心臓や血管の疾患を診断・治療する部門です。不整脈や心不全、高血圧などの命の直結する疾患の管理を行います。
循環器科では、予測モデルやリスクスコアを用いて脳卒中や心不全、不整脈を予測するAIの活用が期待されています。特に低・中所得国における死亡の28%は心血管疾患に起因するとされているため、この分野でもAI活用は非常に大きな役割を果たします。
3.腫瘍科
腫瘍科は、がん治療を専門とする部門です。腫瘍科におけるAIは、がん治療に関わる様々な場面での活躍が期待されています。活用例の一つ目として、がんの早期発見の支援が挙げられます。この点は放射線科と近い部分があります。マンモグラフィーと呼ばれる医用画像をAIが分析することで、熟達した技師でさえ見落としがちな病変を発見するのに役立ちます。また、AI支援医療システムは、肺がん患者の個別化された薬剤選択の枠組みを作成することができます。これは、薬の有効性と経済的コストの両方を考慮に入れて、患者の治療方針の意思決定を支援します。具体的なツールとしては、IBMによって開発された臨床意思決定支援システム「WFO(Watson for Oncology)」が挙げられます。このシステムの特徴は、自然言語処理技術や機械学習を用いて、膨大な量の情報から関連するデータを抽出できることです。
4.ICU(集中治療室)や救急医療
集中治療室や救急医療においても、AI活用が行われています。緊急医療の現場では、一刻を争う判断が求められます。AIは患者の状態を迅速に評価し、トリアージ(治療の優先順位)を効率化することで最善の選択を支援します。ここで活用されるAIアルゴリズムは、患者の状態、バイタルサイン、既往歴などのデータを瞬時に分析し、重症度を判断します。これにより、緊急度の高い患者を優先的に治療することができ、限られた医療資源を最大限に活用することができます。
ICU(集中治療室)では、より集中的なケアが必要な患者の治療が行われます。ここでは、AIをベースの予測モデルが予想される患者数に基づいてICUベッドや医療用品の割り当てを最適化します。また、ICU滞在期間、再入院の可能性を予測することができます。こうした予測に利用されるモデルのひとつが「ポアソン隠れマルコフモデル(Poisson hidden Markov model)」と呼ばれるモデルで、近い将来に発生しうる様々なリスクレベルを予測することができます。
5.外科
外科では、薬剤の投与が中心となる内科とは異なり、手術により治療を行います。これまでの分野ではAIモデルによる予測や分析などが主流となっていましたが、外科ではAIとロボットを統合した外科手術を実現しています。「ダビンチ手術システム」のようなロボットを用いた手術は、泌尿器科、一般外科、外科腫瘍科などといった様々な分野で活用されています。こうしたロボットによる手術には、手術部位感染症の緩和や入院期間の短縮といったメリットがあります。外科の数が少ない発展途上国だけでなく、外科医の数が減少傾向にある日本でも、ロボットによる手術は有効であると言えるでしょう。
また、AIによる3次元再構成技術も外科治療に大きく貢献しています。従来のMRIは2次元の画像しか得られませんでしたが、この技術を用いることで3次元の立体的な画像を得ることができます。これにより、医師は手術前に患者の状態を三次元的に理解することができ、最適な外科治療方針を決定するのに役立ちます。
6.公衆衛生
病院内で活用されるAI技術だけでなく、公衆衛生においてもAIを活用することができます。現在でも世界中で感染症は人々の健康を脅かす問題ですが、特に低・中所得国では、マラリアやデング熱、結核などの感染症が蔓延し、多くの命が失われています。こうした国々では、医療資源が限られているために、感染症の監視や対策が難しくなっているのです。従来の疫学調査では、データの収集や分析に時間がかかり、迅速な対応が困難でした。しかし、AIは大量のデータを短時間で分析し、感染症の発生や流行を予測することができます。例えば、過去の感染症のデータ、気象データ、人口移動データなどを分析することで、感染症の流行を抑制するのに効果的な情報を提供してくれます。
将来の医療の発展に向けた課題
このように、現代のAI技術は医療業界でも多く取り入れられており、単なる夢物語ではないことがわかります。特にAIによる画像診断などでは人間よりも高い精度で病気を特定することができるなど、大きな効果を発揮している分野もあります。その一方で、医療業界におけるAIの導入には考慮しなければならない問題も存在します。そのひとつが「倫理的側面」です。先述した通り、AIが治療の優先順位を判断したり、死亡率を予測したりするなど、倫理的に問題が生じる場合もあります。また、非常に繊細な医療データの安全な利用・管理も注意すべき点でしょう。データの漏洩や不正アクセスがないように、システムの機密性を向上する必要があります。加えて、AIの根本的な課題として「AIのブラックボックス化」という問題にも向き合っていく必要があります。AIの出力に対して、どうしてそのように判断されたのか、どうして優先順位が低くなったのか、などといった説明責任が伴います。しかしながら、AIの内部での処理はブラックボックス化されており、現代の技術では完全に説明することができません。技術革新とともに、こうした問題は徐々に解決されていく可能性がありますが、現段階では医療従事者と協調しながら慎重に進めていく必要があるでしょう。